先頃、田中卓博士の新刊
『愛子さまが天皇陛下ではいけませんかー女性皇太子の誕生』
(幻冬舎新書)が刊行された。
元皇學館大学の学長だった田中博士の令名は、
ある世代以上で、日本の行く末に真剣な憂念を抱くほどの者なら、
誰もが知っているはずだ。
その古代史研究上の卓越した学問的業績によって、
「正統日本史学ただ1人の闘将」とまで称えられた方である。
本年には、先に刊行された『田中卓著作集』正編12冊に続き、
続編6冊も完結された。
その田中博士が90歳のご高齢で、
かつ脳梗塞の後遺症を抱えるご不自由なお身体を押して、
皇統の前途を憂えられるご一念から、渾身の熱情を傾け、
学者生命を懸けて出版されたのが、この度のご著書だ。
編集部は、本書の主旨を次のように紹介する。
「『次代の皇太子』問題が日々切迫している。
現在の皇室典範のままでは“皇太子不在の時代”がやってくる。
平成17年に一旦は開かれかけた
『女性皇太子・天皇への途』が〈男系男子絶対固執派〉の
ゴリ押しによって閉ざされた。
そもそも皇室の祖神である天照大神は女性であり、
歴代8人10代の女帝が存在する。
にもかかわらず〈男系固執派〉が『皇室の危機』
といいながら女性天皇を否定するのは、
明治以来の皇室典範に底流する単なる“男尊女卑”思想に
よるものではないか。
天皇をいただく日本の国体を盤石にするための必読の一冊」と。
簡にして要を得た、見事な紹介だ。
敢えてこれに付け加えるならば、
決して専門家向けの難解な本ではない、ということ。
そもそも田中博士の場合、純然たる学術論文でさえ、
あくまでも明快で、読者を惑わせる晦渋さがない。
よく考え抜かれいて、しかも逃げ道を設けない、
潔い率直さで貫かれているからだ。
本書にも、博士の率直さは遺憾なく発揮されている。
一旦、読み始めるとグイグイ引き込まれるだろう。
しかも内容の過半は、論敵への忌憚のない、
公明正大な対決に充てられている。
近頃、稀になったフェアで知的にスリリングな論争の醍醐味も十分、味わうことができるはずだ。
論敵とされているのは、
保阪正康氏・山折哲雄氏・西尾幹二氏・八木秀次氏・新田均氏など。
立場を超えて、広く読まれて欲しいと思う。
なお、些細なことだが、
129ページ最後の行に「近代」とあるのは、
あとの文章を見ると恐らく誤植だろう。
或いは「前近代」とでもあるべきか。
また、139ページ3〜4行に
「史上でも、宇多天皇…と、これに関連した皇子以外、
臣籍に降下した皇族が再び復帰した例はない」とあるのは、
何かの勘違いか。
清水正健編『皇族世表・皇族考証』・宮内庁編『皇室制度史料』
などを見ると、他にも同様の例はあったことが分かる。
この点については、
かつて葦津珍彦氏が次のように述べておられるのを傾聴すべきだろう。
「一たび皇族の地位を去られし限り、
これが皇族への復籍を認めないのは、わが皇族の古くからの法である。
…この法に異例がない訳ではないが、
賜姓の後に皇族に復された事例は極めて少ない
…この不文の法は君臣の分義を厳かに守るために、
極めて重要な意義を有する」(『天皇・神道・憲法』)と。